社会人像の多様化

コロナの流行で、在宅ワークやリモートワークなど働き方が多様化してきました。働き方を選べるというのは社会全体の価値観も多様化しているからだと思います。

 

戦後はとにかく仕事が選べず「与えられた仕事に自分が合わす」という生き方をしている方が多かったそうです。高度経済成長期やバブル時代になると、「仕事を選べる」時代になったといえます。

 

これは時代によって選択肢が増えたというだけで、現在でも生活に余裕がなく、仕事を選べない方が多いです。

 

そしてコロナ以降になると、「働き方を選べる」という選択肢ができたと思います。

 

ただ、選択肢が増えただけで様々な障壁はあります。それは貧困状況や周囲との価値観の違いで自分に合った働き方ができないといった状況です。

 

例えば、在宅ワークができる技術が既にあるにも関わらず、コロナ前にサラリーマンが「私は明日から家で業務を行いたいです」といっても誰もその意見を尊重する人はいなかったと思います。

 

コロナで在宅での仕事が可能なシステムが作られたのではなく、コロナ前もあったのに導入しなかったのは、前例がないからだと思います。流行前は普通ではなかったことが普通になっています。

 

コロナ前にもし在宅ワークやリモートワークのシステムが導入されていたら、前の緊急事態宣言下の満員電車も少なかったことでしょう。コロナによって人類は「働き方の多様性」があることを強制的に気づかされたのです。

 

問題は、コロナ収束以降も人類が多様な働き方、否!多様な価値観を許容する社会になっているかどうか。すべての働き方が尊重されるべきだという、今まで気づけなかったことをことを学習し実践できるかどうか。

 

戦争技術による科学の進歩。震災による防災への学び。どんな不幸現象からも学び、光に転換してしまうのが人類です。一人ひとりがその本質。その可能性を持って存在しています。

 

今度、別の何か不幸現象とされるものが現れ、そして何かを気づかされる前に、一人ひとりが優しい世界や家庭のために、自分が今できることを実践していく必要があります。